私のカメラ

 

今日はカメラの話をしてみようと思う。

このカメラは、私が13年前ヨーロッパを一年半放浪していたときに、

ハンガリーの小さな蚤の市で出会ったカメラである。

 

 

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砂ぼこりのする道ばたにあったその蚤の市は、ロシアや東ヨーロッパ

のかおりがいっぱいで、閉鎖的でやる気のない感じであふれ、

共産主義の歴史をのぞいているようだった。

並んでいる物を見ても、さびれていて迷彩色のようなもの

が多かったような気がする。

 

蚤の市のおじさんたちも、商売人というにはほど遠く、売っても売ら

なくてもいいという顔をしてだるそうに座っていたが、

一人のおじさんの目が私のカメラに釘付けになり、それがニコンだと

気付いたとたん、大きな声で「ニコンイズナンバーワン!」

「どこで買ったの?いくら?」と興奮しはじめた。

ほかの露天商のおじさんも集まってきて、私のニコンを褒めちぎり、

いくらで売るんだ?と迫った。

私の首にぶら下がっていたのは、私がいちばん最初に持ったカメラ、

ニコンFM2だった。大学生一年生のときに学校で勧められて買った

初心者向けのカメラである。

すべてマニュアルで、シンプルで頑丈。悪く言えば、

「重くて、不便で、まじめすぎる」カメラでもあったが

私は最初に覚えたこのカメラが好きだった。

(というより、それしか知らなかった)

 

そうこうしていると、おじさんはガラクタの山の中から、

めずらしい色をしたカメラをとりだして私の手にそのカメラ

を持たせた。

そして「このカメラは東ドイツ製の、戦場カメラであるからして、

落としてもなかなか壊れない。まるでベンツのように頑丈なカメラ

なんだ。ここまで無傷で美しいなんて、これはラッキー品なんだよ。

ほれ、皮のカバーも付けてあげる。」

そして最後に「アンタが持っているそのニコンと交換してあげる」

と言った。いつの間にかおじさんの目がギラギラしていた。

それまであんなにやる気がなかったのに。。。

 

確かに、旅の途中こんな重いカメラ捨ててしまえたら

どんなに楽だろうと何度思ったか分からないが、それでもこの

FM2は、私が持っているたった一台のまともなカメラである。

ここで簡単に交換していいだろうか。いくらなんでも、、、

と思った。

しかもさっきあれだけ褒められたので、私は一気にニコンのことが

好きになっていた。

 

交換はできないというと、

おじさんは、「30万フォリントで買え」という。

買うつもりもなかったが、とりあえず「高い!」と驚くと、

「じゃあ20万フォリント」「いやいや〜」

「じゃあ10万フォリント!!」「いや〜」

というやり取りが続いていくうち、みるみるまに「2万フォリント」

まで下げてきた。

 

「30万から2万。。。。」

 

ここで、注意していただきたいのは、私が積極的に値切ったのではない

と言うことだ。

おじさんも後に引けなくなったのだろう。

私はここまで楽しいやり取りをしておいて、買わずに去るのは、

野暮のような気がした。

 

当時ハンガリーの通貨はひどいインフレでやたらゼロが多い上に、

毎日のようにフォリント(ハンガリーの通貨)の価値が変化していた。

日本円でいくらなのか計算もできなかったが、当時の食事の値段と

比較して考えたら、たぶん昼食3回分くらいだっただろうか。

当時フィルムを買うのもケチるくらいの貧乏旅をしていた私が、

出せる金額だったのだ。

感覚としては、30万円相当のカメラを800円くらいで買ったような

気分である。

 

 

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このカメラは、おもちゃのように見えるが、おもちゃではない!

シャッターの引き上げが、レンズの部分なので、巻き上げレバーはない!

露出計はついていない!

レンジファインダーというよくわからないファインダーである!

しかし、レンズはカールツアイスである!

(いくらカメラを知らない私でもカールツアイスは知っていた。)

名もないカメラかと思っていたら、ちゃんとWerra(ヴェラ)と

いう名前もあった。昔の妖怪人間とおなじ名前。。。

そして、なんだか色も形もエキゾチック。

 

実際このカメラは、私にとって800円以上の価値があった。

旅をすることに精いっぱいで、写真を撮ることを忘れることも多か

った私が、このカメラを使って「ためしに」とか「とりあえず」と

いう気持ちで気楽に写真を撮りはじめることができたからである。

カメラが変わると、気分も変わる。

いままで、視線を向けなかったようなものにも視線が向くようになった。

 

 

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しかし、このヨーロッパの旅から日本に帰国して2、3年経った

ころ、そのカメラの調子が悪くなった。

というか、むしろよすぎるようになった。

このような、すばらしく不吉感の漂う写真が撮れるようになって

しまったのである!!

 

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私は幽霊も見たことないし、霊感のようなものはまったくないの

だが、ちょうどおじいちゃんが死んだ時期とも重なって、なんだか

自分が不思議な能力を持ちはじめたのではないか、と本気で怖く

なった。

ぞわぞわしながら次のフィルムを現像してみると、

今度のネガはぜんぶ真っ黒だった。ぜんぜん写ってない!!

これはますますホラーになってきた。

真っ黒では困る!

 

なにがいけないのか分からないが、私はおそるおそるカメラの裏蓋

を開け、シャッター幕に油を塗ってみた。

蛍光灯の下でとろけるように油が反射したカメラのシャッター幕は、

まるで黄金虫のようにつやっぽく輝いていた。

この昆虫のような美しさが多くのカメラオタクを魅了しているのだ

と納得したのだった。

 

カメラはフランス語、ドイツ語ともに、男性名詞であるが、

カメラという機械がとても繊細な内面構造を持っていて、

壊れやすいという意味でも、男性とカメラは似ており、

単純に見えて、意外と複雑、はたまた複雑に見えて、意外に単純、

と知ったのもこのときだった。

 

油を帯びたシャッター幕は、まるで宇宙船の自動ドアのように閉じたり

開いたり、不思議な動きをしていた。

私は子どものようにそれを何度もやっては、ずっと眺めてうっとり

していた。

 

しかし!

このときはうまくいったかのように見えたものの、

2、3日すると、なんと今度はシャッターが落ちなくなって

しまった。いよいよ不吉である。

 

 

私はすぐに半蔵門の日本カメラ博物館にいる井口君の

ところにカメラを持っていった。

彼は私の大学の同級生であり、この博物館の優秀な学芸員である

とともに、正真正銘のカメラ博士(=オタ)である。

 

井口君は、物腰といい、体型といい、人相といい、その存在

自体が人に安心感を与える。

それに井口君はいつも白衣を着ている。

(ようなイメージがあるのだが、気のせいかもしれない)

まるでお医者さんのようだ。

 

聞くところによると、そんな井口君は夜中にカメラや掃除機

時計などを分解するのが大好きで、壊れたカメラのあっちと

こっちをくっつけて修理したりして、よなよな恍惚とする

シュミがあるらしい。

 

井口君は私のカメラを見て、すぐさまその状態を知ったようであった。

井口君いわく、私が塗った油がオリーブオイルだったせいで、

幕の部分がさびて幕が開きっぱなしとなったのではないかという。

井口君は、頭を抱えながら、

「オリーブオイルじゃあダメだよ!なんでせめてサラダ油にしな

かったのぉ!!」と私に言った。(でも、なぜかうれしそうだった)

オリーブオイルのような高級油はそのぶん酸化しやすく、そのため

さびやすいそうである。

私はもう二度とカメラに食用油を使わないと心に誓った。

カメラが動かなくなると、ついやってしまいがちだが、

そもそもシャッターの部分に油をさすのは禁物!!だそうです。

*絶対やってはいけません!自転車ではないのだから。

 

 

井口君はカメラを直してくれるただの親切なオタではない!

そのとき、私がもっとも驚愕したのは、

カメラカバーまで生まれ変わって返ってきたことである!

 

皮のカメラカバーはレンズの部分だけが、歩いているうちに

いつのまにか抜けてどこかに落ちてしまった。

まぬけなカメラカバーではあったが、私は気にもせず

そのままにして使っていたのだけれど、

井口君に壊れたカメラをあずけたら、カメラだけでなく

そのカメラカバーまでが、(頼んでもないのに)

このような姿に修理されて戻ってきた。

 

 

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心のこもったこの手作り感!!

有無を言わせぬ和風テイスト!

ていねいに縫い合わせされた裏地はクッション性のあるビロード!

皮と布のこの絶妙なマッチ!!

 

これを持って歩いていたらまるで私が、カメラ女子とか森ガールに

思われてしまうではないかー!!

井口君が手芸男子でもあることがわかった。

こういう人は、お菓子作りもするんだろうと疑わざるをえない。

 

 

そうして、カメラに無頓着な私は、そんな井口君には何度も

助けられ、感謝しても感謝しきれないのである。

 

しばらくこのフィルムカメラは使っていなかったのだが、

無性に懐かしくなり、ひさしぶりに手に持ってみたくなった

のには、理由がある。

それは先日、近所の田舎臭い喫茶店でふと開いたカメラ特集の

雑誌(カメラマガジンという名前)に、あのカメラ博物館

の井口君を見つけたからである!

 

その懐かしい顔を紙面に見た瞬間、私はアイスコーヒーを

吹きこぼしてしまった。

そして私が吹きこぼしたコーヒーを拭きに来た

ウエイトレスのお姉さんに、

「きゃー!!これ、私の同級生なんですよ。ほら。

私はなんどもこの人に、カメラを直してもらったことが

あるんです!!」と、自慢してしまった。

 

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みなさん、ご覧ください。

「カメラバックを自作しようとしたことも、、」とあるが、

いや、なにを言っているの!!!あんたぜったい作った

ことあるでしょ!!とつっこみたくなったのである。

カメラを愛してやまないこの笑顔!!

カメラと手芸のことならこの人に聞け!!と言いたいのである。

 

☆(ちなみに、あれらの怖い写真については、結局なぜ

あんなふうになったのか原因不明である。

もう一度撮りたいと思っても、もう二度とあのようなホラー

傑作写真は撮れない。(残念〜!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014-09-22 | Posted in BLOGComments Closed